読売新聞「渡辺恒雄文庫」見学記と、ナベツネ氏から私の記事が批判された話
「最後の独裁者」にして戦後政治の証言者
まずは渡辺恒雄・前読売新聞グループ本社代表取締役主筆(1926~2024年)について簡単に説明しておきたい。好きか嫌いか、正しいか正しくないか、善か悪か、といった評価基準はさておき、とにかく新聞業界において戦後ナンバーワンの権力者であり、器が大きな新聞人だったのはまちがいない。

渡辺恒雄氏の著書やインタビュー本
東京大学の学生時代に共産党に入党し精力的に活動したこともあった。読売新聞に入ってからは政治記者として大物保守政治家らに食い込み、派閥の内に分け入って、その仕組みや政治家たちの生態を表も裏も知り尽くす。その成果を『派閥―保守党の解剖』(1958年、弘文堂)として著し、その本は政治記者たちの教科書となった。
特ダネ記者であっただけでなく、時の権力者たちの意を受けて政局のプレーヤーとしても働き、実際に政治も動かした。そのありようは新聞記者として、けっして褒められたものではなかっただろう。
ノンフィクションライターの魚住昭氏は著書『渡邉恒雄 メディアと権力』(2003年、講談社)でナベツネ氏の半生を描き、権力を監視するはずのジャーナリストが、権力のことを知るために権力に接近していくうちに、その一部になっていってしまったことを痛烈に批判した。
ナベツネ氏自身は長く読売新聞に君臨した自分のことを「最後の独裁者」と名乗っていたという。プロ野球巨人の球団代表も務め、球界最高権力者として影響力を及ぼした。時には強引な手法や過激な発言が問題となり、週刊誌ダネになったり世間からバッシングを受けたりもした。
それでも、ずっと権力の中心に近いところに居続けるメディアの代表として、自ら歴史の証言者となって本を書いたり、他メディアからインタビューを受けたりもした。昭和から平成、令和へと続く戦後政治史の裏面を知る数少ない要人であったことはまちがいない。
戦地にも携えた哲学書
8月某日、経済記者仲間らとともに読売新聞東京本社(東京・大手町)を訪ね、同社の図書館の一角にある「渡辺恒雄文庫」を見学させてもらった。読売新聞社は大の読書家であったナベツネ氏の蔵書6441冊を社外の研究者らに公開している。それをまじかで見られる機会はそうないし、そもそも長年、朝日新聞の記者だった私にとってライバル紙である読売新聞社内に入るのは、もちろん初めてのことだった。