「油断」再び、高市政権もマーケットも 根深い正常性バイアス

米国・イラン戦争は史上最大の石油ショックを引き起こした。各国のエネルギー戦略は大きく様変わりするだろう。21世紀は「脱石油の世紀」と言われたが本当にそうなるのか。また、日本の危機戦略は持続可能なものなのか。ホルムズ海峡危機が早期に収束するとの楽観論、正常性バイアスに支配された政策路線ではないのか。いくつかのポイントを整理しておきたい。
原 真人 2026-05-22 07:00:00
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不動産ビジネスマンvs.ペルシャ商人

官邸で開かれた「中東情勢に関する関係閣僚会議」、左から赤沢亮正経産相、高市早苗首相ら。5月21日

官邸で開かれた「中東情勢に関する関係閣僚会議」、左から赤沢亮正経産相、高市早苗首相ら。5月21日

 今回の米国・イラン戦争にともなうホルムズ海峡危機は、史上最大規模で原油の供給が途絶するものだった。

 日本エネルギー経済研究所の小山堅常務理事が5月8日に日本記者クラブで会見した際の説明によると、ホルムズ海峡を通るエネルギーの量は過去の危機に比べても、けた外れに大きかったという。石油の通行量は1970年代の石油危機時には日量500万バレルだったが、現在は2000万バレル規模だという。

 戦争ショックで原油価格は跳ね上がった。代表的な指標であるWTI先物価格の最高値は1バレル当たり120ドルまで上昇した。2022年のウクライナ危機での最高値130ドルよりわずかに抑えられているようだが、現物市場や石油製品市場でのスポット価格はさらに大幅に高騰している。そちらのほうが実態の取引価格に近いという。

 しかも、この価格は市場が米国・イラン戦争の早期終結をある程度織り込んだうえでの水準らしい。だからトランプ米大統領が停戦交渉について楽観論を繰り返すたびに、原油価格は下落し、逆に「再攻撃」を口にすると原油価格は上昇を繰り返す。ニューヨーク株式市場ではそれと逆の動きが続く。だが本当にトランプ氏の言葉に踊り続けていいものか。

 この点について中東ウォッチャーには懐疑的な見方が少なくない。イラン政府(革命防衛隊)が本当に早期停戦を望み、解決に向けて努力しているのかどうかについては見方が割れている。

 もちろん戦力では圧倒的に米軍に分があるものの、それだけでイランが停戦を望むとは限らない。戦争が長引くほど、イラン国内のインフラ設備には被害が出て、停戦後の復旧に時間がかかってしまうという問題は確かにある。とはいえ、イランが、対米、対イスラエルの長期的な安全保障を考えるなら、ここである程度の犠牲があったとしても核開発を進めるためならやむをえないと覚悟する可能性もある。

 米軍が初期に与えたイラン軍への打撃は軍首脳の殺害も含め、確かに大きなものだった。だが、その後のイランの継戦能力の高さはかなり意外だったと言えるのではないか。専門家によると、イラン革命防衛隊は対米戦を前提に、かなり以前から指揮系統の分散ネットワーク化、兵器の分散保管化を進めてきたという。被害を受けても基本的な戦闘体制が崩れないのは、そのためだろう。

 だとすると、時間的な制約を受けるのはむしろ米トランプ政権のほうだ。11月の中間選挙を前に停戦に持ち込まなければ、共和党は選挙戦で不利になる。そこで勝つには対イラン戦争を終わらせねばならない。その意味ではトランプ大統領のほうが交渉上の制約が大きいのだ。

 方やイラン側はホルムズ海峡封鎖という新たな「武器」まで手に入れた。これを最大限、効果的に使いながら対米交渉を長引かせればいい。トランプの共和党が上下院選挙で負ければ、トランプ政権は戦争継続の力を失う。そうなると、米国のやり手不動産ビジネスマンとペルシャ商人のビジネス交渉は、圧倒的にペルシャ商人側が有利に進められるのではないか。

ホルムズ海峡危機はアジア危機

 今回の危機のショック度は各国によってかなり濃淡がある。小山氏によると「今回はとりわけアジア諸国にとって深刻な危機だった」という。小山氏は過去の石油危機では影響を受ける主体がそれぞれ異なったと説明する。下記の分類の通り、1970年代の危機は先進国全体が、ウクライナ危機では欧州諸国が、そして今回の危機ではアジア諸国が最も打撃を受けたという。

◆3つの石油危機の特徴(小山堅・日本エネルギー経済研究所専務理事による分類)

①1970年代の石油危機・・・OECD(経済協力開発機構)にとっての危機/ 石油消費の中心だった先進国が最も影響

②ウクライナ危機・・・・・欧州にとっての危機/ ロシア依存度が高い欧州各国に最も影響

③ホルムズ海峡危機・・・・アジアにとっての危機/ 中東依存度が高く備蓄不十分なアジア諸国に最も影響

 さらにエネルギー専門家のジェイソン・ボードフ・米コロンビア大学グローバルエネルギー政策センター創設ディレクターは、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙への寄稿でこう述べている。

「イラン戦争が長引くほど、エネルギー業界は既存の地政学的、地理的な断層線に沿って一層分断されていくだろう」

「米国においておそらく最も重要な教訓は、世界最大の生産国(筆者注・米国のこと)でさえ、グローバル市場におけるショックから完全に身を守ることはできないということだ」

 以下にボードフ氏の各国・地域への影響度の解説をもとに、筆者が作成した影響度評価の表をご覧いただきたい。

 ちなみにボードフ氏は、世界的なベストセラー『石油の世紀』の著者として有名なダニエル・ヤーギン氏に続く「ポスト・ヤーギン」の一番手とも評されるエネルギー問題の大家である。

ホルムズ海峡危機の経済的インパクト

ジェイソン・ボードフ氏の指摘から抜粋。影響度(◎影響小、〇比較的影響、△影響、▲著しく影響)は筆者による評価

ジェイソン・ボードフ氏の指摘から抜粋。影響度(◎影響小、〇比較的影響、△影響、▲著しく影響)は筆者による評価

白黒パッケージのポテチは「過剰反応」?

 産業界では石油化学製品やその原料が不足し、さまざまな製品の供給に影響が出ている。象徴的なのが白黒パッケージのポテトチップスだ。

 食品大手カルビーは12日、主力のポテトチップスなど計14商品のパッケージを、ナフサを原料とするインクの調達が不安定になったとして白黒にすると発表した。

 「石油化学製品や原料は足りている」と国民向けに説明してきた高市官邸は、このカルビーの発表に危機感を抱いたようだ。朝日新聞の報道によると、この一報に接した官邸幹部は「売名行為だろう」と強い言葉でインク不足を否定したという。

 政府はすぐにカルビーから状況の聞き取りに乗り出した。そのうえで首相周辺は「カルビーは過剰反応だ。報道されて他社も不安になる」と批判的だったという(朝日新聞)。

パッケージを白黒化

上段は新たに白黒にするパッケージのデザイン。下段は本来のカラーのパッケージのデザイン。カルビーのホームページから

上段は新たに白黒にするパッケージのデザイン。下段は本来のカラーのパッケージのデザイン。カルビーのホームページから

 このことから分かるのは、高市官邸がまったく市場経済を理解していないということである。

 政府は単純に市場に出回る最大限の供給量をカウントし、需要見込みと比較すれば「足りている」と説明する。だが、先行きの調達不安がある時に事業者が在庫を積み増すのは当然のことだ。将来の安全を見て使用が見込まれる原料やその使い方を見直すのは、民間企業としてむしろ評価されるべき行動ではないのか。

 カルビーとしては当然とるべき行動、むしろ悲観シナリオに先手を打つ、見習うべき決定だったのだろうと思う。ところが、その発表が政権の支持率低下につながるという理由で、まるで「政権への嫌がらせ」のごとく受け取っている首相周辺の方がよほど異常である。

 高市政権の現在のエネルギー政策は石油備蓄を放出し、ガソリン補助金を出して、国民に「使いたいだけ使って」というメッセージを出すものだ。これでは高い支持率を維持するために、手持ちの戦力で行けるところまで行こうというのと一緒だ。まったく近視眼的な戦術としか思えない。

 かつて通産官僚(現在の経産省官僚)出身で作家の堺屋太一氏は1975年、中東からの原油輸入が制限された時にどうなるかを描いたシミュレーション小説『油断!』を書いた。高度成長期の日本が石油危機を想定もせず、油断しているところに危機を迎え、パニックに陥るというストーリーである。実際に日本経済は石油危機に脆弱な体質だった。

 あれから半世紀、いくつもの経験を積んだはずの日本は、再び「油断」をしていないか。高市政権の対応を見ていると、なんとも心細い。

20日におこなわれた党首討論。高市首相(右)の討論相手は小川淳也・中道改革連合代表(左)

20日におこなわれた党首討論。高市首相(右)の討論相手は小川淳也・中道改革連合代表(左)

 20日に国会でおこなわれた党首討論で、高市早苗首相は原料「ナフサ」の調達について、防衛策に走る企業も出ていると指摘され、「総量は足りている」と繰り返し強調した。

 だがそんな根拠なき楽観論ばかりでは、本当の意味で国民の不安を沈静化することはできない。コロナ・ショックでも露呈した日本政府の「危機に際しての頼りなさ」は、残念ながら今回の局面でも露わになっている。国民に過度に楽観論をふりまくことに躍起になる官邸の姿勢は、現状の危うさをごまかそうとしているとしか思えない。

 高市政権のそのような不誠実さは、いずれ政策の弱さ、もろさとなって、何らかの形で表れてくるに違いない。せめて企業には独自の努力でその時に備えていてもらいたい。

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