黒田前日銀総裁の新著『独白』を早速完読/忖度なき書評とファクトチェック

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原 真人 2026.10.16
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拙著で書いた異次元緩和の「実態」は黒田本でどう描かれているか

イラスト:ChatGPT(OpenAI)作成

イラスト:ChatGPT(OpenAI)作成

本日のレターは後半部分で黒田東彦・前日本銀行総裁の著書『独白 デフレとの闘い』(光文社、2200円・税抜き)についての書評を書いています。そちらはサポートメンバー向けとしました。

同書が15日に出版されるやいなや、すぐに購入し、線を引きながら熟読。ポイントごとにファクトチェックをしました。

無料会員の皆様にもご覧いただける前半では、近日発売の拙著『異次元緩和 経済敗戦と背徳者たち』で、黒田氏を中心に描いた「第3章〈進駐軍最高司令官〉黒田東彦」の一部を、発売に先んじてご覧いただきます。

こちらが、私が関係者を取材して”真実”だと確信しているストーリーです。ぜひ後段で紹介する「黒田史観」と比較していただきたいと思います。黒田本の説明には、私の本のストーリーと異なる説明がしばしば登場します。それらの矛盾点についても解説します。

それではまずは黒田日銀を10年間取材し、一部関係者から「黒田総裁に最も嫌われた記者」というお墨付きをもらった私が描いた「黒田総裁誕生ストーリー」をご覧ください。

『異次元緩和 経済敗戦と背徳者たち』から

送り込まれた『マッカーサー』

日銀による大胆なお金のバラマキ(リフレ政策)を政権の金看板とすることを公約して首相の座についた安倍晋三が、〝占領地〟の日銀に送り込む〝マッカーサー〟役を頼んだのは元財務官の黒田東彦だった。通貨政策を司る財務官を3年務めた国際派の元財務官僚である。

財務官は、財務省で国際業務を担う部門の最高責任者だ。各省庁の官僚トップである事務次官に匹敵するポストで、財務省では財務事務次官に次ぐ官僚ナンバー2の位置づけだ。通貨政策や国際金融ルールなどについて主要国のカウンターパートたちと日々交渉や調整にあたる。主要国でその任に就くメンバーたちを「通貨マフィア」と呼ぶ者もいる。黒田はその経験者の一人だ。

安倍政権が発足した直後の2012年暮れ、フィリピン・マニラにあるアジア開発銀行(ADB)総裁の任にあった黒田のもとに、一本の国際電話がかかってきた。電話の主は、安倍政権で安倍の信任を得て内閣官房参与になっていた本田悦朗である。本田は財務省OBで黒田の後輩に当たる。本田はあいさつもそこそこに単刀直入に切り出した。

「実は安倍総理は次の日銀総裁は黒田さんでどうかと考えています。もし要請したら受ける意思はありますか?」

出身母体の財務省は次の日銀総裁に元次官の武藤敏郎を推している。そのことを黒田は百も承知していた。それでも黒田は迷うことなく答えた。「要請があれば断りません」

快諾に本田は安堵し、もう一つ質問した。「一つ心配があります。ADB総裁を任期途中で辞任すると中国にポストを奪われる恐れはないかと総理が気にしています。この点はどうですか」

黒田は即座に答えた。「心配いりません。中国はADBからお金を借りている債務国です。そんな国がADB総裁は出せませんよ」

本田はこれで黒田日銀総裁でいける、と確信した。すぐに安倍にそう報告した。

意中の人物は別だった

安倍が当初、思い描いていた日銀総裁候補の筆頭は、「リフレ派の理論的支柱」と言ってもいい岩田規久男だった。以前から安倍との勉強会で気脈も通じている。ところが岩田の総裁起用については、安倍が政権運営で頼りにしている副総理兼財務相の麻生太郎が猛反対していた。「日銀のような大組織を学者に束ねることはできない」という理由だった。

麻生が推していたのは元財務事務次官で日銀副総裁も経験していた武藤だった。5年前、副総裁だった武藤は、当時の福井俊彦総裁の後任として正式に総裁候補になった。ところが、ねじれ国会のなかで野党・民主党に参院で否決され、総裁への道を閉ざされた。そういう経緯があったから、財務省も組織として武藤の総裁就任を望んでいた。武藤の無念を知る麻生もまた、財務官僚たちに「武藤を男にしてやれ」と発破を掛けていた。

だが、その案には安倍が難色を示した。武藤は小泉政権の2006年、福井日銀が政権の反対を押し切って量的緩和を解除したときの副総裁だ。その時のことを安倍は忘れてはいなかった。主計局を中心に歩んだ「ミスター財務省」であることも財務省嫌いの安倍としては気にいらなかった。

そもそも武藤を日銀総裁にする人事案は5年前に、民主党などの反対で一度否決されている。その経緯がある以上、今回も衆参両院の同意を得るのは難航が予想された。

安倍が岩田、麻生が武藤を推すやりとりを何度か重ねて膠着状態が続いていたところで、別の名が候補に浮上してきた。黒田だった。

それに飛びついたのが財務省だ。財務省も、日銀同様になんとかリフレ派の岩田を総裁にすることだけは避けたかった。武藤を本命候補とする財務省は、必ずしも黒田を積極的に推したいわけではなかった。ADB総裁をこのタイミングで動かすことは外交上、面倒だったし、日銀ぎらいの黒田が日銀組織に歓迎されるわけでもない。それでも「岩田総裁」だけは何としても消さなければならない。

財務次官の真砂靖、主計局長の木下康司、日銀との窓口役となっている総括審議官の佐藤慎一の3人は、マニラから正月の休暇で一時帰国していた黒田に会いに行った。もし日銀総裁の打診があったら受けるか、その意向を確かめるためだ。

「話が来たら引き受ける」

すでに本田から安倍の意向を伝え聞いていた黒田はそのことは言わなかったものの、財務省の後輩たちに前向きの姿勢を見せた。

真砂らは黒田の政策スタンスも尋ねた。「安倍首相は2%インフレ目標を2年で実現しろと言っていますが?」

黒田はすぐさま答えた。「やるべきだね。そのくらいやらないとダメだ」

ああ、黒田さんもリフレ的な考えの持ち主だったのか……。財務省の後輩たちは少し失望した。それでも黒田の意見をじっくり聞いた。

真砂らにはもう一つ確認したいことがあった。財政と消費税増税についての考え方だ。それこそが財務省にとって最も重要な問題だった。なにしろ、安倍の周囲にいる浜田宏一や本田悦朗などの経済ブレーンたちは、消費税増税に否定的な意見の持ち主ばかりだ。次の日銀総裁までそちら側に与すれば、このあと予定されている2回の消費税増税の計画に支障がでかねない。

「財政はちゃんとやらないといけない」。黒田の回答を聞いて、財務省の3人は胸をなでおろした。そこに黒田がクギを刺した。「ただし、こちらから総理にそんな注文はできないよ」

真砂らは念のため黒田に頼み込んだ。「それでは、もし総理から意見を求められたら消費税増税をちゃんとやるべきだと言ってくださいね」

黒田が日銀総裁を受諾する意向であることを確かめた財務省幹部らは、すぐさまそれを麻生に伝えた。

建国記念の日の休日だった2月11日夜、麻生は東京・富ヶ谷の安倍の私邸を訪ねた。「私も武藤案は取り下げますから、総理も岩田案を降ろしてもらえませんか」。そう言う麻生に安倍が尋ねてきた。「では誰を総裁に?」

そこで麻生は黒田の名を挙げた。安倍もすぐに同意した。黒田の名前はもともと本田から上がった候補者リストに入っていた。本田によると、本人もやる気だ。

麻生は財務省幹部たちに安倍が黒田案を受け入れたことを伝え、謝った。「武藤を総裁にはできなかった。黒田で勘弁してくれ」

総裁決定の「不都合な真実」

それから10日後の2月21日、再びマニラの黒田の元に官邸の本田から電話があった。本田からは、この日この時間に電話をするから必ず席にいてほしい、とあらかじめ指示されていた。黒田が電話に出ると、本田に代わってすぐに安倍が電話に出た。

「白川日銀総裁の後任として黒田さんを指名したい。受けていただけますね」

黒田はすぐに「はい」と快諾した。

イラスト:ChatGPT(OpenAI)作成

イラスト:ChatGPT(OpenAI)作成

この時のやりとりを黒田はそれから10年余り後に、日本経済新聞「私の履歴書」(2023年11月連載)でこう綴っている。

「2013年2月21日だったと思う。マニラのアジア開発銀行(ADB)総裁室で補佐官がつないだ電話の驚きを、鮮明に覚えている。『白川方明日本銀行総裁の後任として、黒田さんを指名したい』。安倍晋三元首相の声だった。安倍氏にはADB総裁として二、三度アジア経済について説明しただけだ。総裁候補との噂はマニラにも届いたが、ADB総裁に3選されて1年しかたっていなかった。一瞬は戸惑ったものの、私は指名を受けることにした」

黒田はそのころには、メディアでも総裁候補として名前があがることが増えていた。ADB総裁(任期5年、再任可)に3選されて間もないという問題も指摘され、簡単に日銀総裁を引き受けられないかもしれないという見方も出ていた。

安倍から正式要請の電話を受ける3週間前、黒田は訪問先のインド・ニューデリーでの記者会見で、総裁候補にあがっていることを質問され、「私は2011年にADB総裁に再選され任期が4年近く残っている。今の仕事に満足している」と答えている。

ADB総裁は代々、日本の財務官OBが務めてきた。とはいえ、近年アジアで影響力を増す中国がそのポスト取りに意欲を見せていた。もし黒田が日銀総裁に転じるからと任期なかばで辞めたら、「ADB総裁ポストを日銀総裁より軽く見ているのか」という批判を中国から浴びかねない。そこで「次期総裁もまた日本から出したい」という虫のいい要求が受け入れられるのか。下手をすると中国にその間隙をつかれかねないという懸念は財務省内にもあった。

だが実際は、この段階で黒田の日銀総裁人事は事実上、決まっていた。本田からの打診で黒田の腹も固まっていたはずだ。黒田は「私の履歴書」に実際の経緯とは異なることを書いたことになる。事前に本田から打診を受け、受諾の意思を示していたこと、ADB総裁を中国に奪われるわけがないと安倍官邸に伝えていたこと……。それらをなぜ黒田は「私の履歴書」で明かさなかったのか。今となっては、どれも黒田にとって「不都合な真実」なのかもしれない。

ただ、連載での次の記述は本音だったのだろう。「日本経済は1998年に始まったデフレが15年間も続いていた。(中略)困難であろうが、だれかがデフレを止めねばならない。この指名は私にとっての天命と思った」

安倍は、黒田と一緒に仕事をしたことはない。ただ、金融政策についての考えが安倍に近いことは耳に入っていた。当時、安倍は、白川方明総裁が率いる日銀に2%インフレ目標の導入と、それを2年で実現するということについて強い圧力をかけていた。

白川も2%インフレ目標の導入までは安倍に譲歩して受け入れていた。ただ、「2年で実現する」という期限を共同声明に明記することだけは頑なに拒んでいた。

黒田はその「2年で」という約束を、むしろ積極的に受け入れるべきだと主張していた。安倍が掲げる大胆な金融緩和路線に賛意を示していたのである。

総裁候補としてメディアでも名前があがっていた黒田は、朝日新聞などの共同インタビュー(朝日新聞デジタル、2013年2月11日)で、2%物価目標について「画期的で非常に正しいこと」とはっきりと述べている。

黒田が財務官を務めたのは1999年から2003年までだ。通貨政策を仕切る歴代の財務官には、市場に積極的に介入するタイプと、介入は抑制的に扱うべきだというタイプの2系統がある。黒田は典型的な積極タイプであり、円高に歯止めをかけるための為替介入を何度も仕掛けていた。

外為市場とそういう姿勢で対峙してきた黒田は、金融政策についても「円安誘導しやすい金融緩和を積極的に進めるべきだ」というのが持論だった。

「黒田さんは昔から緩和に消極的な日銀を猛烈に批判していた」と後輩官僚たちは言う。財務官だった1999年には英フィナンシャル・タイムズ紙に金融政策の転換を求める論文を寄稿し、日銀にも公然と金融緩和を求めていた。

安倍は、黒田に電話で日銀総裁への就任要請をした前日、国会で次の日銀総裁にふさわしい人物像について尋ねられて、こう答えている。「国際金融界のインナーサークルに入って発信も説得もできる人。金融政策への批判に理論で反論できる人物」。黒田を念頭に置いた答弁だった。

以上は『異次元緩和』第3章1「〈進駐軍最高司令官〉黒田東彦」からの一部引用

黒田本ではどのように『独白』していたか

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