為替介入が効かない 1㌦=200円時代は来るか

初回の今回は政府の円買い介入を取り上げる。円安が進んだのに、なぜ政府はもっと早く介入して相場を是正しなかったのだろうか。そう疑問に思う方も多いに違いない。しかし政府が円買い介入をここまでやらずに来たのは、介入しなかったのではなく、介入できなかったからだ。取材から読み解けることを、いくつか整理してみたい。
原 真人 2026.05.08
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為替介入の総司令塔は「財務官」

東京・霞が関にある財務省

東京・霞が関にある財務省

 4月30日の夜、外国為替市場で急激な円高ドル安が進んだ。政府と日本銀行が円買い介入に踏み切ったのだ。

 円相場はこの日午後に一時、1ドル=160円台をつけ、1年9か月ぶりの円安水準になっていた。その1年9か月前(161円96銭)がそもそも37年半ぶりの超円安だった。要は 160円というのは歴史的な円安水準なのだ。なにしろ日本経済が金融危機で奈落の底に落ちかかっていた1997年以来となる危機的な水準ということである。そこまで円が売り込まれたのなら、政府が円買い介入で円相場を支えたくなるのも当然だろう。

 為替介入というのは、通貨当局(財務省と日本銀行)が為替相場に影響を与えるために通貨間(ほとんどが円とドルの間)の売買を行うことだ。その目的は為替相場の急激な変動を抑えて安定させることである。

 実施するのに国会の承認はいらない。財務大臣の権限において実施できると定められている。実際に決めるのは財務省の「大臣‐財務官‐為替市場課長」という3人のラインだ。売買を実行するのは日銀である。数兆円という規模の巨額のお金を動かすのだが、ごく少数で決める特別案件だ。

 介入決定の最大の権限を持っているのは中でも財務官である。ふつう各省の事務方トップはナンバー1が事務次官、ナンバー2が経済産業審議官や総務審議官など「審議官」名の肩書が多い。だが、財務省だけは「財務官」と名乗っている。それだけ特別なポストという扱いなのだ。

 為替介入は必ず相手国(多くは米国)の通貨がからむので、カウンターパートナー(例えば米財務省高官)らに連絡したり、国内では首相に報告する必要がある。これも財務官の大事な仕事となる。

 ちなみに財務官は介入を決める際、財務次官にさえ報告しないこともある。報告するかしないかは財務官のキャラクターや、次官との相性によるようだ。

 黒子的な次官の仕事と異なり、財務官は為替市場のニュースでスポットライトを浴びることも多く、目立つ存在だ。これまでの経験者には、その名が知られた人たちも少なくない。1997~98年の金融危機の頃、円買い介入で名をはせて「ミスター円」と呼ばれた榊原英資氏がいたし、のちに日銀総裁になった黒田東彦氏もOBだ。2022年と24年の大規模な円買い介入を主導したのは「令和のミスター円」神田真人氏(現アジア開発銀行総裁)だった。

介入慎重派の三村財務官

 今回の介入の司令塔は現役の三村淳財務官である。

 財務官はマスメディアの取材に対し、介入の意向をほのめかしたり、介入の有無を明らかにしたりする役目も担う市場へのスポークスマン役だ。財務大臣も記者会見で介入に言及することがあるが、それも財務官が台本を決め、大臣はそれに沿った言いぶりをすることが多い。

 この世界では外国為替市場のディーラーたちを相手に的確なサインを出さなければ、一言一句で円相場が一気に何円も動いてしまうことがよくある。それだけ発言はデリケートに扱われる。

 今回の介入直前の当局者たちの発言を追ってみよう。

片山さつき財務相

「いよいよ、かねてから申し上げてきた断固たる措置を取るタイミングが近づいている」

「皆様ご外出の時も、お休み時もスマホを離さずに、ということだけ申し上げておきます」

(4月30日夕、介入前、ぶら下がり会見で記者団に)

三村財務官

「先ほど大臣からも申し上げたと思いますが、私としてもいよいよ断固たる措置をとる時が近づいているなという風に思っている。これは最後の退避勧告として申し上げます」

(4月30日夕、介入前、財務省内で記者団に)

 この日、市場では1ドル=160円70銭を付けた。財務省にとって一つの「防衛ライン」とみなされていた160円が突破され、さらに円安が進みかねない局面だった。

 ふつうの介入では、突然、通告なしに踏み切って市場にサプライズを与えようとするケースが多い。時には投機筋を疑心暗鬼にさせる効果を狙った「覆面介入」(すぐに実施したことを明らかにしない介入)をすることもある。

 だが三村財務官はこの日、異例の「介入予告」という手法を選んだ。この後、30日夜になると、一気に5円ほど円高ドル安が進み、円は1ドル=155円台まで急騰した。市場では、この時に5兆円規模の円買い介入があったのではないかと見られている。

 実はこの介入は、2024年7月から財務官を務める三村氏にとって初めての介入だった。前任の神田財務官が強い言葉による口先介入を繰り返し、さらに実弾介入(7回、総額25兆円規模)で派手に動いたのに対し、三村氏は一転、円安が進展するなかでもまったく介入に動かない財務官だった。これまでの口先介入も神田氏らと比べると、かなり控えめな表現だ。

介入する財務官、しない財務官

 過去の財務官たちには「介入積極派」と「介入慎重派」の2系統がある。

 積極派は、介入でやれるだけのことをやって相場を望ましい方向に是正することが必要だという考え方をとる。一方、慎重派は、介入の効果は長続きせず、しょせん時間がたてば効果は消え失せるのだから、市場をゆがめる介入はできるだけしないほうが望ましいと考える。

 外国為替市場の取引量は円がらみだけでも1日に60兆~70兆円にのぼる。そこでは5兆円という巨額の介入資金をもってしても圧倒的な存在ではない。市場の大きな流れに逆らい、流れを逆転させることまではできないのだ。

 ならば介入資金にレバレッジ(てこの原理)を利かせて最大限の介入効果を狙うのか。それとも、しょせん効果が消えゆくのなら、市場を操作しようとするのは最初から無駄だと思うのか。どうやら、それぞれの財務官たちがどんな市場哲学を持っているのかによって、財務官の仕事ぶりも変わってくるようだ。

 ただ、三村財務官がここまで慎重路線でやってきたのは、同氏の個性によるものばかりとは言い切れない。私が見るところ、三村氏はやむにやまれず「様子見路線」をとってきたのではないかと思われる。

 つまり、日本の当局が介入に打って出たとしても、すぐに市場から押し返され、また円安が進んでしまいかねない状態だったということだ。もしそうなれば日本の当局の「介入力」がマーケットから疑われ、軽んじられかねない。介入するなら、一度たりとも敗れるわけにはいかない。だからこそ三村氏は動けなかったのではないか。

口先介入が効かない

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